榊原郁恵 1959年生まれ

現在ママさんタレントとして、朗らかなキャラクターで人気の榊原郁恵。彼女のデビューのきっかけは、ホリプロスカウトキャラバンでした。初代ホリプロ優勝者として人気アイドルの地位を築き、自身最大のヒット曲「夏のお嬢さん」など、数々の人気曲を発表。ホリプロ主催のミュージカルでも大活躍しました。今はバラエティ番組や情報番組の司会やコメンテーターとして引っ張りだこ。舞台やドラマでもよく見かけますね。
かとうれいこ 1969年生まれ

グラビアアイドルとして伝説的な人気を誇ったかとうれいこは、80年代に大活躍。見事なプロポーションで多くの男性ファンを魅了しました。グラビアだけでなく、バラエティや女優としても活動し始めてからは、女性ファンも多く獲得しています。結婚を機に芸能界からは離れていましたが、芸能界デビューした娘と共演するなど、近年は再びテレビでの活動を再開。今でもそのプロポーションと美しさは健在のようです。
石川秀美 1966年生まれ

1982年にデビューし、花の82年組の一人としてトップアイドルの仲間入りをした石川秀美。多くのヒット曲を出し、安定した人気を得ていた彼女は、紅白歌合戦にも出演しています。しかしそんな人気絶頂の時に、元シブがき隊の薬丸裕英との授かり婚を発表し、同時に芸能界からも引退。今では5人の子供の母親として家族を支えながら、ジュエリーデザイナーとしてハワイで活躍中です。時々夫婦でCMに出演することもあります。
浜田朱里 1962年生まれ

山口百恵が引退した年にデビューした浜田朱里は、雰囲気が似ていたこともあり、ポスト山口百恵として期待されていました。ライバルが多かった時にも関わらず、アイドル歌手、女優として活躍し、熱心なファンが多かったそう。ちなみに、松田聖子と親友だったことでも知られています。90年代半ばに子育てを理由に芸能界から引退しましたが、現在でもアイドル時代の同期たちと度々会っているようで、SNSに登場しています。
堀江しのぶ 1965年生まれ

高校在学中に、クラリオンガールコンテストへの参加をきっかけにデビューした堀江しのぶ。魅力的なスタイルと明るい性格で、巨乳ブームの先駆けとしてグラビア界のトップへと駆け上って行きました。写真集や雑誌グラビアだけでなく、そのキャラクターでバラエティ番組でも活躍し、出演者にも可愛がられたそう。映画やドラマへの出演が増え、女優としても徐々に活躍していた頃、病に侵され、1988年に23歳でこの世を去りました。
岩井由紀子 1968年生まれ

ゆうゆの愛称で呼ばれ、1985年におニャン子クラブのメンバーとしてデビューした岩井由紀子。おニャン子メンバーの高井麻已子とともに、二人組ユニットうしろゆびさされ組としても人気を博しました。おニャン子クラブの中心的存在として活躍後は、バラドルとして活動しますが、結婚を機に芸能界から引退しています。現在は二児の母の彼女。おニャン子クラブの再結成イベントには今でも参加しているようです。
いとうまい子 1964年生まれ

第一回水マガジンコンテストで優勝し、80年代は伊藤麻衣子として人気アイドルの一人となった彼女。90年代、そして2000年以降は、いとうまい子として女優、バラエティ番組で活躍しています。ここ数年は、情報番組のコメンテーターや、ドラマ、映画に出演する中、早稲田大学・大学院に進学し、予防医学とロボット工学を学びました。現在は芸能活動と並行し、ロボット開発の研究者としても活躍しています。
茂原裕子 1964年生まれ

磯野貴理子・久留龍子とともに、お笑いガールズユニット「チャイルズ」のメンバーとして活躍していた茂原裕子。ラサール石井のプロデュースで、バラエティ番組に出演したり、レコードデビューもしています。1年半ほど、人気長寿番組「笑っていいとも!」の5代目いいとも少女隊としても出演していました。1992年にチャイルズ解散後は、個人で舞台に出演していたようですが、現在は芸能界から引退しています。
松本伊代 1965年生まれ

代表曲「センチメンタルジャーニー」でトップアイドルの座をつかみ、多くの新人賞を獲得した松本伊代。「伊代はまだ16歳だから」の歌詞の部分を替え、今でもCMに起用されたり、自身のアレンジソングとしても再リリースするほどの人気曲です。結婚後はママタレとしてバラエティ番組で活躍。タレントで夫のヒロミとのおしどり夫婦ぶりで知られ、可愛らしく語るのろけエピソードは、こちらが羨ましくなるほどです。
三田寛子 1966年生まれ

花の82年組デビューの三田寛子は、アイドル歌手・女優として華やかに活躍しました。「笑っていいとも!」での出演を皮切りに、天然のおっとりとしたキャラクターで受け、以降はバラエティ番組やトーク番組の司会としてもブレイクします。1991年に中村芝翫と結婚してからは、妻・母として歌舞伎の世界で生きる家族を支えています。プライベートが忙しい彼女ですが、現在も情報番組などでタレントとして出演しています。
早見優 1966年生まれ

南国ハワイ育ちらしく、小麦色の肌と鮮やかな笑顔で人気を博した早見優。ヒット曲「夏色のナンシー」は、まさに彼女のイメージにぴったりの曲でした。結婚後は二人の娘に恵まれ、ママタレとしてバラエティ番組・情報番組に多く出演。バイリンガルで高学歴な経歴を生かし、英会話関係の教育番組もよく担当してます。翻訳本や、英会話教育本なども手がけているそうですよ。ちなみに、YouTuberやZUMBAの講師としても活躍中だとか。
相田翔子 1970年生まれ

アイドルデュオ「Wink」としてアイドルデビューした相田翔子。日本レコード大賞で大賞を受賞するなど、一世を風靡しました。笑顔もなく無表情で歌い続ける姿は、当時のアイドルとしてはとても珍しかったですよね。Wink解散後は、天然ボケのゆるいキャラクターが受け、多くの人気バラエティ番組で活躍。女優としての実力も評価されています。現在は結婚し娘がいる彼女ですが、その可愛らしい魅力はアイドル時代と変わっていません。
南野陽子 1967年生まれ

80年代を代表する人気アイドルの一人であり、アイドル四天王と呼ばれた南野陽子。大ヒット映画「はいからさんが通る」での凜とした袴姿は女子の心を掴み、今では多くの女子生徒が卒業式で着るほど。歌手しても多くのヒット曲を連発。CM、ドラマ、映画と、その人気は確固たるものでした。現在は音楽活動を継続しながらも、ベテランの実力派女優として活躍。大河ドラマや映画で、その美貌と存在感を発揮しています。
杉浦幸 1969年生まれ

可愛らしく幼い顔立ちと、迷子のような不安げな表情から、清純派のアイドルとして売り出した杉浦幸ですが、本人はそんなつもりはなかったそう。むしろ当時のアイドルらしさに反発を覚え、同期のアイドルを泣かせるほどのきつい言動から、毒舌アイドルの異名を持っていました。ホリプロ退社後は、パチンコの趣味が高じて番組を持ったり、犬のファッション通販サイトを運営しているそう。バラエティ番組にも時々出演しています。
大西結花 1968年生まれ

松田聖子を始めとするザ・アイドルに憧れて芸能界に入った大西結花。人気ドラマシリーズ「スケバン刑事」で、浅香唯の姉役として出演したことで大ブレイクします。スケバン刑事の風間三姉妹で結成したユニットでリリースしたCDも大ヒットし、30年以上経った現在も、3人で定期的にコンサートやファンイベントを開催するほど。プライベートでは17歳差の年下の一般男性と入籍し、順風満帆な結婚生活を送っているようです。
吉沢秋絵 1968年生まれ

おニャン子クラブのメンバーとして芸能界入りし、「スケバン刑事」の矢島雪乃役でブレイクした吉沢秋絵。女優業やソロ歌手としての活動と、学業の両立で忙しく、おニャン子クラブとしてはあまり活動することなく卒業しています。卒業後は、「笑っていいとも!」のレギュラー出演など、バラエティ番組でも活躍しました。1991年に芸能界から引退し、その後出版業界に就職。結婚して子供もいるそうです。
立見里歌 1965年生まれ

大学のミスコンで優勝し、在学中から芸能活動を開始した立見里歌は、おニャン子クラブでアイドルデビューしました。バラエティ番組では元祖おバカタレントとして個性を発揮し、お茶の間を沸かせます。おニャン子クラブ内のユニット「ニャンギラス」としても大活躍しますが、たった数年で芸能活動を終了し、大学卒業後はポニーキャニオンに就職しています。現在は、自身の無添加コスメのブランドを手掛けているそうです。
樹原亜紀 1969年生まれ

樹原亜紀はおニャン子クラブの会員ナンバー6番で、初期メンバーの一人。モデル出身で、おニャン子の中でも抜きん出て背が高かった彼女は、モノマネが得意なお笑い担当でもありました。おニャン子からの派生ユニット「ニャンギラス」でも人気でしたが、たった2年ほどの活動で芸能界から引退。その後オランダ人男性と出会い、現在はオランダで主婦をしているそう。今でもおニャン子の同窓会イベントには必ず参加しています。
斉藤満喜子 1970年生まれ

1986年におニャン子クラブにメンバー入りした斉藤満喜子は、翌年に工藤静香・生稲晃子と「うしろ髪ひかれ隊」を結成し、人気アイドルになりました。「マッキー」の愛称で親しまれ、太眉が印象深かった彼女。おニャン子クラブ、そしてうしろ髪ひかれ隊が解散した後は、しばらくソロでタレントとして活動し、その後引退しています。引退後は結婚しているそうですが、表舞台には一切出てきていません。
西村知美 1970年生まれ

アイドル時代からずっと、その可愛らしい雰囲気とおっとりとした性格で人気の西村知美。結婚し娘を授かった今でも、その魅力は変わっていません。第一回「ミス・モモコクラブ」で優勝し、アイドル歌手・女優としてブレイクした彼女。その愛されキャラで、バラエティでも活躍しています。現在もタレントとして数多くの番組に出演。意外なことに、アニメオタクや資格マニアとしても話題になっています。
中村由真 1970年生まれ

大人気ドラマシリーズ「スケバン刑事」で、主役三姉妹の次女役を演じたちまちブレイクした中村由真。同ドラマの挿入歌も担当し、ソロ歌手としてもいくつものヒット曲を出しています。女優や歌手として活躍する中、アメリカ留学中に出会った男性と国際結婚。現在は娘二人と共に家族でアメリカに住んでいるそう。海外在住ながらも、風間三姉妹ユニットでの再結成イベントがあるたびに帰国し、活動に参加しています。
酒井法子 1971年生まれ

脚本家・野島伸司の作品に多く出演し、「星の金貨」や「ひとつ屋根の下」で大ブレイクした酒井法子。ドラマの主題歌「碧いうさぎ」でもミリオンセラーを記録し、アイドルとして不動の地位を築きました。アイドル時代の「のりピー」語も有名ですね。海外でのコンサートツアーも開催していた彼女は、アジア各国でも爆発的な人気ぶりでした。一時期活動を休止していましたが、現在は再び日本・アジアでの活動を再開しています。
立花理佐 1971年生まれ

ビッグコーンなど、ロッテのCMによく出演していた立花理佐。人気ドラマシリーズ「毎度おさわがせしますⅢ」では、きわどいシーンにも体当たりで挑み、一気に人気アイドルへと上り詰めます。歌手・女優として数多くの作品に出演し、安定した人気を得ていた彼女。現在は子育てをしながら、舞台を中心に女優として活動。フラダンスのインストラクターとしても活躍しているそうで、エキゾチックな魅力にぴったりですね。
石田ひかり 1972年生まれ

80年代・90年代の国民的女優として大活躍した石田ひかり。清純派のイメージが強く、NHKの連続テレビ小説や紅白歌合戦の常連でもありました。「あすなろ白書」や映画「ふたり」など、多くのヒット作品に出演するも、結婚を機に一度家庭へ入っています。しかし、子育てが落ち着いた頃から女優へ復帰。今ではベテラン女優として、「監察医 朝顔」を始めとする人気作品に次々と参加しています。
宮崎美子 1958年生まれ

グラビア・CMで華々しくデビューを飾った宮崎美子。小柄ながらもグラマラスなボディは、写真家・篠山紀信の手によって多くの男性ファンを魅了しました。国立大学の才色兼備女子大生タレントとしてブレイクした彼女は、女優としても才能を開花。50代になった今では、中堅女優として多くの作品でその存在感を示しています。最近では、芸能生活40周年を記念して撮られた美しいビキニショットが大きな話題となりました。
荻野目洋子 1968年生まれ

バブリーダンスで使用された「ダンシング・ヒーロー」の爆発的再ブレイクにより、再び注目されている荻野目洋子。かつてアイドルとして一世を風靡し、紅白歌合戦に五回出場、4年連続で日本レコード大賞金賞を受賞するなど、飛ぶ鳥を落とす勢いでした。女優・歌手として順調にキャリアを積んでいましたが、出産を機に子育てを優先。2014年頃から再び活動再開し、現在は様々なメディアで引っ張りだこのようです。
斉藤由貴 1966年生まれ

50代を迎えた今でもかつてと変わらない、むしろ魅力を増した美貌で、再び注目されている斉藤由貴。「スケバン刑事」で初主演を務めてから演技力には定評があり、多くの作品で様々な賞を総なめにしています。歌手としてもヒット曲を連発、紅白歌合戦ではキャプテンも務めました。私生活では3人の子供の母親でもある彼女。ここ数年は、人気ドラマや映画でその実力を見せつけ、ベテラン演技派女優として重宝されています。
国生さゆり 1966年生まれ

おニャン子クラブ出身の元アイドルとして知られる国生さゆり。現在はタレントや女優として、バラエティ番組やドラマで活躍しています。今でもその美しさは衰えず、美魔女としても有名です。彼女のブレイクのきっかけは、大ヒットしたソロデビュー曲の「バレンタイン・キッス」でした。それ以降、おニャン子クラブでも人気が急上昇。姉御肌な性格もあり、グループ内の中心的存在になっていきました。
渡辺美奈代 1969年生まれ

正統派アイドルと言えるアイドルらしい可愛さを持っていた渡辺美奈代は、おニャン子クラブの中でもトップクラスの人気でした。ソロ歌手としても、圧倒的な売上を記録。グループが解散してからは、女優・タレントとして活躍し、特に志村けんを始めとするザ・ドリフターズの番組には数え切れないほど出演していました。現在もその可愛らしさは健在で、明るい性格もあり、結婚後は主婦タレントとして活躍しています。
生稲晃子 1968年生まれ

おニャン子クラブの一員であり、グループ内ユニット「うしろ髪ひかれ隊」でも活躍した元アイドルの生稲晃子。おニャン子クラブが解散した後は、大人気ドラマ「キッズ・ウォー」の主演・春子役で再び大ブレイク。古典芸能の番組や「ちい散歩」のMCなども務め、女優・レポーターとして芸能界で安定した活躍をしています。近年では、心理カウンセラーや働き方改革の委員など、芸能以外の分野でも活動しているようです。
森口博子 1968年生まれ

1985年デビュー、90年代はバラドルに転身し大活躍した森口博子。一週間のうち全ての曜日のバラエティ番組にレギュラー出演し、彼女を見ない日はないほどでした。デビュー曲「水の星へ愛を込めて」がガンダムのエンディング曲だったこともあり、今でもアニメ界ではガンダムのミューズとして知られています。2020年には歴代ガンダムのテーマソングをカバーした「ガンダムソング カバーズ2」を発売しています。
山瀬まみ 1969年生まれ

アイドルの登竜門ホリプロキャラバンで優勝し、1986年にデビューした山瀬まみ。デビュー当時のキャッチコピー通り、国民のおもちゃとしてバラエティを中心に活躍しました。現在は番組のアシスタントやMCなどで人気者に。主婦向けの雑誌で連載を持っていたこともあり、簡単に作れてアイデア満載のレシピ本も人気です。「笑っていいとも!!」共演で知り合い結婚した俳優の中上雅巳とはおしどり夫婦で有名ですね。
島崎和歌子 1973年生まれ

1989年ドラマ「困らせないで」でデビューした島崎和歌子。80年代後半は学園ドラマからアイドル歌手へデビューするのが定番でした。1990年から深夜のバラエティ番組でハキハキと物を言うキャラが受け、以後はMCや番組アシスタントとして活躍するようになります。現在は「美人なのに何故か結婚できない」キャラで活躍中。他のタレントが彼女の飲み会を揶揄するように酒豪のイメージもありますね。
磯野貴理子 1964年生まれ

「笑っていいとも!」の番組アシスタントである「いいとも青年隊」を務めたことでタレント人生を始めた磯野貴理子。お笑いアイドルという立ち位置でしたが、正直アイドルとして活躍したかは疑問。アイドルというより、いじられキャラの方が定着していきました。現在でもその明るい存在感で番組を盛り上げていますね。現在はバラエティを中心に女優としても活躍中です。
井森美幸 1968年生まれ

ホリプロスカウトキャラバンで優勝し、1985年に「瞳の誓い」でアイドルデビューした井森美幸。未だにオーディションの時のダンス映像が笑いのネタとして使われてしまいますね。映画「フラッシュダンス」は流行っていたので当時はなんともなかったんでしょうが、今見ると時代を感じさせます。明るい性格でバラドルに転向したのが功を奏し、35年以上も最前線で活躍するタレントになっています。
松本明子 1966年生まれ

オーディション番組「スター誕生!」で合格し、1983年にアイドルデビューした松本明子。アイドルでありながら放送禁止用語をラジオで言わされてしまったために活動停止を余儀無くされてしまったものの、バラドルとして復活しました。アイドルとして不遇の時が嘘のように、MC番組を複数持つなど大活躍のバラドル時代はドラマの主演まで務めるほどに。現在は80年代アイドル歌手達をリードし、歌手活動も行なっています。
渡辺満里奈 1970年生まれ

1986年おニャン子クラブ会員番号36番としてデビューした渡辺満里奈。おニャン子には解散時まで在籍し、中期から後期のおニャン子ブームを盛り上げました。その後はバラエティ番組で頭角を現し、「とんねるずのみなさんのおかげです」や「学校へ行こう!」など多数の人気番組に出演。大物タレントを爽やかにいなす様は猛獣使いと揶揄されたことも。現在はネプチューンの名倉潤と結婚し、ママタレとして支持を集めています。
新田恵利 1968年生まれ

1985年おニャン子クラブ会員番号4番としてデビューした新田恵利。メンバー内では一番若い番号で、センター的存在として活躍しました。「冬のオペラグラス」でソロデビューもし、第二回卒業式でおニャン子を卒業。1997年にはおニャン子クラブが縁で出会ったフジテレビの社員と結婚しています。現在は元アイドルという立場でタレント活動をする他、母親の介護について講演活動や執筆活動を行なっています。
岡田有希子 1967年生まれ

オーディション番組「スター誕生!」で合格したことをきっかけに「ファースト・デイト」でアイドルデビューした岡田有希子。溶けそうな笑顔にフリルたっぷりのドレスというまさに「ザ・アイドル」だった彼女は一気にトップアイドルの階段を登り上がりました。もちろん忙しさも比例して多忙になっていき、当時の取材記者からは常人では考えられないスケジュールだと言われています。18歳という若さで永眠されました。
浅香唯 1969年生まれ

少女漫画雑誌「少女コミック」主催のオーディションで合格し、アイドルになった浅香唯。当時連載中の漫画の主人公の名が現在の芸名になっています。その後ドラマ主演で一気に人気がブレイク。「恋のロックンロール・サーカス」などのヒットで歌手としても成功し、当時は日本一忙しいアイドルと呼ばれていました。2020年にはデビュー35周年を記念した新曲「LIGHT A SHINE 〜月はずっと見ている」が発売されました。
原田知世 1967年生まれ

角川三人娘として「時をかける少女」など角川映画のスクリーンを飾った原田知世。角川から独立後はホイチョイムービーの「私をスキーに連れてって」などトレンディ映画のヒロインとして多数の映画に主演しました。透明感のある少女のイメージが強いですが、最近では母親や中年女性の役など幅広く演じる女優になっていますね。彼女の代名詞とも言えるコーヒーのCMには25年以上も出演しています。
名越美香 1966年生まれ

深夜番組「オールナイトフジ」に出演したことがきっかけでおニャン子入りした名越美香。会員番号は9番で、ユニット「ニャンギラス」の一員としても活躍し初期のおニャン子人気を支えました。1996年におニャン子クラブを卒業した後は、タレント・舞台女優として活躍。現在は香港人パイロットと結婚し、香港に住んでいます。歌手、スタイリストとして活躍中ですが、ショートカットの髪型といい全く雰囲気が変わりませんね。
芳本美代子 1969年生まれ

地元福岡のオーディション番組に出演した際にスカウトされ、「白いバスケット・シューズでアイドルデビューした芳本美代子。爽やかな笑顔とみっちょんの愛称で親しまれました。90年代には女優に転向。舞台や主婦向けのドラマのヒロインとして活躍し、今ではドラマの母親役の常連になっています。現在は舞台の脚本や演出を手がけるようにもなっており、アクターズマップやアルファーなど多数の劇団を演出しています。
相原勇 1967年生まれ

雑誌モモコクラブが主催したオーディションで優勝は逃したもののスカウトされアイドルデビューした相原勇。バンドブームを引き起こした「いかすバンド天国」での司会で大ブレイクし、夢だった舞台ピーター・パンの主演も叶えるほどの人気者になりました。横綱・曙との交際、婚約破棄をきっかけに一時芸能界を離れニューヨークに留学。現在はその時培った英語力を生かし、ハワイでツアーガイド、コーディネーターとして活躍中です。
安原麗子 1969年生まれ

オーディションで合格し1984年「少女隊」のメンバーとしてデビューした安原麗子。「一心同体、少女隊」というキャッチフレーズのCMを覚えている人も多いのではないでしょうか?日本だけでなく海外にも進出し、アジア全土での人気グループとなりました。現在は舞台での朗読劇や歌手としてライブなどの音楽活動を精力的に行なっています。ライブは少女隊のメンバーが集まることもあり、盛り上がること必須です。
佐野量子 1968年生まれ
高校生の時に自らタレント養成所に通い、ドラマ「気分は名探偵」でデビューした佐野量子。大きくて溢れてしまいそうな瞳と綿菓子のようなふんわりした雰囲気で、女優、アイドル、タレントとして幅広く活動しました。1995年に天才ジョッキー武豊と結婚し、芸能界を引退。自らメディアに登場することはなくなりましたが、50代にして現在も最多勝記録を更新する武を支え続けています。
高井麻巳子 1966年生まれ

街を歩いていたところをスカウトされたおニャン子クラブに加わった会員番号16番の高井麻巳子。ユニット「うしろゆびさされ組」またソロデビューも果たし、おニャン子の中心メンバーとして活躍しました。おニャン子として約2年活動したのち第五回卒業式で、グループを卒業。卒業後は「アナウンサーぷっつん物語」などのトレンディドラマを中心に女優として活躍しましたが、秋元康との結婚を機に芸能界を引退しました。
白石麻子 1969年生まれ

「夕焼けニャンニャン」番組内のオーディションで合格し、おニャン子クラブ会員番号22番としてデビューした白石麻子。当時16歳とメンバー内でも年下だったため妹キャラでメンバーからもファンからも可愛がられました。おニャン子には1987年9月の解散まで在籍し、その後は芸能界を引退しています。現在は4人の子供の母親で、ヨガインストラクターをしていますが、一般人にしておくのは勿体無いほど美しいです。
斉藤満喜子 1970年生まれ

オーディションに合格し、おニャン子クラブ会員番号42番としてデビューした斉藤満喜子。グループ解散時まで在籍し、解散後にシングル「やりたい放題」でソロデビューを果たしました。その後はタレントとして活躍、1998年めいらくの社長と結婚を機に芸能界を引退。メディアには登場することはありませんが、同じく「うしろ髪ひかれ隊」のメンバーだった生稲晃子のSNSには彼女の名前がよく登場します。
久留龍子 1964年生まれ

お昼のバラエティ番組「笑っていいとも!!」で5代目いいとも青年隊を務めた久留龍子。お笑いアイドルトリオ「ちゃいるず」の一員でした。1980年代後半の小劇団、コントブームの中でも異色のアイドルで多くのコント番組に出演していましたね。トリオ解散後は芸名を衣笠りんに変え、小劇団を中心に舞台女優として活躍。現在は歌手としてライブ活動も行なっています。
河合奈保子 1963年生まれ

芸能事務所のオーディションで合格し、1980年にアイドル歌手としてデビューした河合奈保子。2枚目のシングル「ヤング・ボーイ」が大ヒットし、多数の新人賞を受賞しました。八重歯とふっくらした女性らしいラインがチャームポイントで水着グラビアやアイドルの水泳大会でも活躍。アイドルから、作詞・作曲、演奏も自分で行うシンガーソングライターへ脱却し、イベント会場のBGM音楽を担当するなど才能を開花させています。
渡辺典子 1965年生まれ

角川三人娘の一人である女優・渡辺典子。映画「伊賀忍法帖」のオーディションで見事ヒロインの座を勝ち取り、女優デビューしました。以後、時代劇、青春ドラマ、昼ドラなど多くの分野で活躍。現在は脇をしっかりと固めるバイプレイヤーとして存在感を放っています。2020年公開の角川春樹の監督引退作品「みをつくし料理帖」では監督自ら彼女の演技を絶賛し、登場シーンを増やしたそう。美しさと演技力は今も健在です。
薬師丸ひろ子 1964年生まれ

角川映画「野性の証明」のヒロインオーディションで合格し、女優デビューした薬師丸ひろ子。中学一年生とは思えない眼差しの強さは多くの人の心に衝撃を与えました。ポスト薬師丸ひろ子ということで、渡辺典子や原田知世など多くの後輩を輩出するなど、彼女の活躍により角川映画は黄金期を迎えました。現在も女優・歌手として活躍中。彼女の伸びやかで繊細な歌声は今でも多数のドラマ主題歌に起用されています。
河合その子 1965年生まれ

「夕やけニャンニャン」放送開始日の第一回オーディションコーナーに出演、合格しおニャン子クラブ会員番号12番としてデビューした河合その子。他のメンバーがわちゃわちゃ賑やかにやっている中で清楚で可憐な雰囲気で人気を博しました。元々ピアノも演奏でき、歌手志望だったためおニャン子卒業後はシンガーソングライターとして活躍。おニャン子時代から縁のあった作曲家の後藤次利と結婚し、芸能界を引退しています。
工藤夕貴 1971年生まれ

渋谷でスカウトされデビューした工藤夕貴。実は「あゝ上野駅」などで知られる演歌歌手・井沢八郎で、関係者はそのことを知らずにスカウトしたと言います。様々なCMやアイドル雑誌に出演していましたが、アイドルというよりは本格女優として開花し、のちに「SAYURI」などハリウッドを中心に活躍する国際派女優となりました。現在はその時に培った英語力を生かし、英会話番組などにも出演中です。
後藤久美子 1974年生まれ

「国民的美少女」という名を聞いて思い出すのは、やはりこの人ゴクミこと後藤久美子でしょう。現在まで30年以上も続く国民的美少女コンテストはポスト・ゴクミを探す目的で始められたコンテストなんです。「ママはアイドル!」や「痛快!ロックンロール通り」などのドラマで活躍した後、F1ドライバーのジャン・アレジと結婚。3人の子供に恵まれ、今でもゴージャスなセレブ生活ぶりが話題になります。
中森明菜 1965年生まれ

オーディション番組「スター誕生!」での合格を機に1982年「スローモーション」でデビューした中森明菜。フリフリのドレスと甘い笑顔のザ・アイドルとは対照的に不機嫌な表情で儚い心情を歌う彼女は新しいアイドル像として80年代アイドルのトップに立つことになります。異国情緒溢れる楽曲も多くその類まれなる歌唱力で「ミ・アモーレ」など多数の賞を受賞し日本を代表する歌姫になりました。